おやじの楽工(がっこう)

早期退職おやじの「楽」しい再生「工」場

こたつからの大ジャンプ!

 「今日は朝から野菜の種まきに実家に行くぞ。」

 と昨晩から思っていたが、朝食後テレビを見ていたら、不覚にも睡魔に負けて眠り込んでしまった。そして、気がつけば、なんと昼近くなっているではないか。

 まぶたの開閉に合わせ、心のブランコが揺れる。「やばい~。急いでいかなくては~。」「わあ~。やっちまった。行くのはまた今度にしようか~。」と。

 今までならば、ブランコはぐっと大きく後ろに振れ、そのままこたつの潜り込み、後で後悔するところだが、今日は前に振り切り大ジャンプ!ふとんを跳ね上げ、すっくと起き上がった。

 今日は最近になく暖かかったおかげかな? はたまた、連日伝えられるオリンピックでの日本勢の頑張りに触発されたかな?

 

 実家に着くと、父と一緒に、春に向けて種蒔き。今年の出荷のメインにと期待を寄せるカラーピーマンと父一押しの白ゴーヤを、苗づくりのため小さいポットに蒔いていった。

 今までは一緒に作業をするにも、父にも私にもそれぞれペースがあるので、なかなかうまくかみ合わず、何となくしっくりこないこともあったが、ここ最近は、お互い譲れるところは譲り合えるようになったからか、お互いを気遣いながらとても気持ちよくスムーズに作業ができるようになった。二人とも歳をとり大人になれたということかもしれないが(笑)。

 約2時間の作業が終わり、家に入ると、母お手製の温かいぜんざいが待っていてくれた。何ともありがたいことである。オリンピックを見ながら、3人でぜんざいをすすり、次回の作業の打ち合わせをし、今日の作業が無事終了。

 早く芽が出ないかな。楽しみ。楽しみ。

 

 次回は、まめペンのお話です。

細かい男 参上! (資助

 前々回、前回と、自己紹介のつもりが、年俸制のことや友達のことに話が逸れて、長くなってしまった。

 では、本題に入ろう。私がこの楽工で取り組むことは、株式投資である。前回、前々回と話したように、自由にできるお金はほとんどない。(もちろん、子育て中なので、当面必要になるであろう分は、ずいぶん前にもらった退職金の一部をキープしているが、今後のことを考えると全然足りない。)

 今はまだ、仕事に出るだけの気力・体力がない。そこで、仕事をしていた頃、株式等に興味があり投資したままになっていたものを、まずは動かしてみることにした。金額はわずかだが、銀行に預けても利息は期待できないし、時間がある今なら、かなりの頻度でお金を動かせると思ったからだ。(もちろんリスクがあるので無理はしないし、生活費や子どもの学費などで必要であればいつでも取り崩すつもりである。)

 まずは、日中ゴロゴロしてしまうのではなく、「なるべく体を起こしパソコンなり机に向かうこと」、そこから新たなスタートを切るつもりだ。

 

 そうそう、お金のことで言うと、私は、結構細かい男である。基本、何でも分けて考える。自分のお金は自分のお金だから自由にしてよし。だが、両親や祖父・祖母にもらったお金は、使い方を吟味し、必ず意味のあることに使うようにしている。ゲームセンターでももったいないから使わないし、パチンコなどのギャンブルや宝くじに使うなどもってのほかである。ギャンブルに使うのは、自分で稼いだお金の中から小遣いの分だけ。それが、マイルール。

 ちなみに、学生時代は、アルバイト代の中からパチンコ代を出していたが、はまっていた時期もあり、仕送りを使いこんだこともある。家賃などを払うといきなりその月の食費さえも危ういなんてことも結構あった。「テキスト代がいる。(うそ)」と親に泣きついたことも1度か2度ある。親のすねをかじる話など、よくある話かもしれないが、お金を分けて考える私にとっては、とても自分に対して残念な思い出である。まあ、若気の至りってことで、いいのかもしれないが。親には迷惑をかけた。)

 

 あれ、また横道にそれてしまった。だが、投資などというものは水物だから、知識の浅い私が、特に「ああしたこうした」と書いても仕方あるまい。今の今、一つだけ言えるのは、株主優待がたまったので、両親も含め家族6人で回転ずしを腹いっぱい食べて満足したことだけである。自分の力で稼いだわけではないが、「自分で選んだ銘柄の優待券で家族が喜んだ」。他力だし、とてもささやかだが、何もしないより一歩前進と思おう。

 

 次回は、耕司のお話です。    耕司、寒さに負けるな!

最高の出会いに感謝! (整一

出会いは必然?~私はきっと、あいつと出会うために仕事を辞めた。

 

 最近、ずっと整体の修行が停滞している。前回も話したように、骨盤の診断が、まだまだ、うまくできないからだ。だがまあ、整体は諦めず頑張るとして、今日は少し自分の話をしてみよう。

 

 仕事を辞めた時には、大きな絶望感を感じたものだ。今まで20年近く当たり前のように職場に通い続けてきた自分が、しんどさはあっても「仕事に行くこと=生きること」のように思って頑張ってきた自分が、いなくなってしまったのだから。大げさかもしれないが、今までの人生との別れを告げたのだ。

 仕事を辞めることで多くを失ったと思う。「やりがいや生きがい」、「職場の仲間」、「立場」、「(いやらしい話になるが)対価としての収入」。「収入」はもちろんのこと、「立場」を失ったことは、子育て中の親としては、世間体や、我が子の目や身になって考えると、なかなかつらいものがある。それは、今も変わらない。(いや今は、前向きに整体の修行に通い始め、我が子らが応援してくれている分だけ、ありがたく、気持ちが軽い。)

 

 ただ、マイナス面だけでなく、この数年の間に、うれしい出会いがあった。きっと、間違いなく人生最良の友となるだろう、あいつとの出会いが。

 あいつとは、中国の楽器「二胡」のことである。この40年間、全く音楽になど興味のなかった私が、ある日突然、二胡をひいてとみたいと思ったのだ。音楽を聞かないのはもちろん、一人で車に乗る時など、ラジオの音すら耳障りでうっとおしく、ボリュームを絞ってしまう私がである。「なんで楽器を?」自分が一番驚いている。

 習い始めて1年半が過ぎた。毎日飽きもせず、練習をしている。毎日練習しても、なかなかうまくならない。けれど、そんな自分の出す音でさえも、二胡の音色は私の心を癒してくれる。自分の出す音とともに、その時々に心の底にあるしんどさや苦しみが自分の中から抜けていくのを感じ、練習を終えるといつも心が軽い。今のお気に入りの練習曲は「パッヘルベルのカノン」だ。早弓で大変だけれども、練習し始めるとやめるのが大変なほど楽しい。

 そして、時々思うのだ。「私はこの二胡という楽器に出会うために、仕事を辞めるようになっていたんじゃないかな。そういう道筋になっていたのかもしれない。」と。日々の忙しさに飲み込まれていたころの私であれば、二胡に出会うことはなかった。人に聞いてもらえるほどの腕前にはならないだろうが、一生、私の心を癒し続けてくれるだろう。そんな友と出会えたこと。それが何よりうれしいのだ。

 

 次回は、資助のお話です。

寒さに負けず大きくなってね (まめペン

野菜の価格が高騰していますね。

 主夫歴が浅く、野菜の値段などにはまだピンとこないことの多い私ですが、さすがに最近は野菜を買うとなると少し手を止めためらってしまうこともあります。必然的に弁当や夕飯のおかずもやはり野菜が少なめになり、ちょっと寂しい感じになっちゃいます。

 そんな私にいいことが・・・。  庭のプランターから緑色のまぶしい光が!!

 まあ、そんなに大げさに言うほどではありませんね(笑)。でも、「こんな寒い12月に蒔いても多分育たないだろうな」とダメ元で野菜の種を蒔いていたので、食べられそうだと分かった時は素直にうれしかったです。

 ハツカダイコンとほうれん草の葉が、10センチ前後の大きさになっていました。成長につれて、とても窮屈そうになってきていたので、早速間引くことにしました。濃い緑の葉を、丁寧に根元からもって収穫します。寒さに負けないようしっかり張った根や、霜に耐えぬいた葉からは力強さを感じます。

 収穫を終え、さあ、晩御飯づくりだ。

 ハツカダイコンは、まだ大豆サイズの根の部分と一緒に葉も刻んで、炒めて菜飯にしました。ちょっと苦みと青臭さがありましたが、ハツカダイコンの元気を分けてもらえているような感じがしました。

 ほうれん草は、卵とベーコンと一緒にスープにしました。「小さいほうれん草の葉ってこんなに柔らかいんだあ」とびっくりしました。その後、ゆっくり味と歯ごたえ、そして香りを楽しみました。

 食事中、家族には「庭で採れた野菜を使ったよ。おいしいだろ。」と自慢げに言いました。偉そうに言うほど管理していたわけではないんですけどね。まあ野菜が高くなることを見越して(?)、種を蒔いておいた私の手がらと言ってもいいのかな?(笑)

 庭のプランターのおかげで、いい栄養補給ができました。野菜たちよ、育ってくれてありがとう。今度は、もう少し成長して間引いた所の間隔が狭くなるころに、また収穫させてもらうね。

 

 次回は、整一のお話です。

友情に感謝しながら (資助

とても大切な友達がいる。

 

 退職した後、家で過ごすことの多かったこの数年間。話し相手をしてくる人は、ほとんどいなかった。辞めたことを知ったとしても、「しんどい時に声をかけるのも悪いだろう」と気を回して触れないようにそっとしておいたり、辞めたことに気付いてもいなかったりであろう同僚であった人たち。

 「私がしんどいの知ってたら、声かけてくれればよかったのに」とか「無視しやがって」とかいう思いはない。私自身が、それどころではないほどしんどかったし、病んでいた。また、休職中からになるが、こちらから声をかけるほどの元気も勇気もなかった。だから、他の人たちに、別にどうして欲しかったというような気持ちはない。

 声をかけてくれたのは、「今、どこの現場?」と退職して1年半経って連絡してくれた仲のよかった先輩。うれしかった。まあ、職場も変わり私が退職したのを知らなければ、そんなものだろう。

 

 その大切な友達は、中学時代からずっと気の合う友達だ。その友達が、私が退職したのを知ってから、時々声をかけてくれるようになった。

 「パチンコ行こう💛」

 何とも不謹慎なお誘いである。仕事を辞め、自分で使えるお金も、動く気力もない者になかなかハードルが高い。いや、普通に考えて行ってはならないお誘いだ。 

 だが、彼は心身を病み苦しんでいる私に、そっと助け舟を出してくれたのだと思う。「家にこもってばかりじゃなくて、たまには外の空気を吸えよ。付き合うよ。」と。彼自身は大のパチンコ好きだから、そこまでの気持ちはないのかもしれない。だが、私にとっては、誰にも(気を使ってだろうが)声もかけてもらえないのに、今まで通りに何の変りもなく、普通に「友達・知り合いの一人」として接してくれる彼の存在は何物にも代えがたいものであった。

 働いていない私の負担にならないように、無煙の1円パチンコに誘ってくれる。「甘デジ」という確率の甘い台で一緒に並んで話をしながらパチンコを打つ時間が、とてもありがたい。手持ちの千円か二千円を使い切ったら私は試合終了。「またね。」と言って、先に帰る。大体2,3時間の出来事。その間に、友達と会え、話もでき、ちょっと気晴らしにもなるので、十分満足だ。そんな友達がいることが心底ありがたい。

 月に2回あるかないかのささやかなお楽しみ。今後も続けられればいいな。

 

 次回は、誰のお話かな?(未定(笑))

寒さに負けるのか (耕司

 毎日、日本全体で厳しい寒さが続いている。ここ数年冬でも暖かくなった気がしていたが、今年は本当に厳しい。歳のせいかと思っていたが、そうではないらしい。

 

 畑に出ようにも、春に向けて苗づくりをしようにも、・・・。

「あんまり寒い時に外に居続けると、体に悪いのでは」

「種をまいて水をやっても、種も寒いだけで、風邪を引いて芽が出なくてももいけないし」

 自分にとって楽な言い訳しか頭に浮かんでこず、なかなか活動する意欲もわかない。年末から意気込んで始めた畑仕事だったが、今はちょっと停滞気味。まあ、まだ冬だし、体力もまだないし、右も左も分からない農業にすぐに没頭できないのは仕方がないかな?と思ったりしている。

 この前、こんな話を聞いた。部活動で、冬場にしっかり走りこんでおくと地力がついて春からのシーズンに入るとしっかり動けると・・・。あれ?ひょっとして畑も同じ??冬場にいい状態を作っておくことで、春からの野菜の成長や実りに差が出るの?畑のド素人だからまだよく分かってないけれど、ひょっとすると、「寒いからこたつから出たくない」などと言っている場合ではなく、冬の今だからこそやるべきことがあるのでは?

 やばいなあ。何からしようか?   !!!!!

 そうだ!「今日は来年の冬に向けて、冬場の畑のやり方を調べてみよう!」と、新しい言い訳を考えついたところで、再びこたつに潜り込むのでありました。うぅ、寒っ。

 

 次回は、資助のお話です。

 

たとえ苦しくても  (整一

進歩が見えない。

 

 整体で骨盤のチェックを習っているが、なかなか正しく診断ができない。

 とても重要な箇所であり、「難しいので、できるようになるまでかなりの時間がかかる人もいる」と先生から聞いてビビっていたが、やはりとても難しい。

 診断する時の手の当て方が悪いのか?、判断する目が悪いのか?、それとも両方か?、いやいやそれ以前の問題があるのか?

 悩みは深い。悩みが深くなると、休職し一番しんどかった時に感じていた無力感が少しよみがえってきて、よりしんどさが増す。やばい。やばい。もう、あの頃に戻るわけにはいかない。何とかして、整体に行き、気を取りなおさないと。

 

 どんなにしんどくても、行きさえすれば、整体の先生がいつものように温かく迎えてくれる。本当にありがたい。前向きにいろいろ話したり、教えてくださったりするので、帰りには、爽やかにそして、身も心も楽に軽くなって帰ることができるのだ。きっと習いに行くことで、自分の心の整体(リフレッシュ)をしてもらうことにもなっているんだろうなあ。

 

 診断ができないと、その後の処置を習うことができない。きっとそのうち診断できるようになると信じて、今は練習を積み重ねるだけだ。できてもできなくても、やり続けるのみ。明日もがんばろっと。

 今日は疲れた。もう休みます。

 と思って歯磨きをしていると、妻から一言。「遊びに行ってると思えばいい。先生がいてくれるんだから。こんなに気楽な習い事ないよ。もっと楽しみなよ。」

 簡単に言ってくれるなあ。ああ、でもその通り。早くできるようになりたいと、力が入りすぎていたのかも。明日からの修行が少し気楽に楽しめそうながする。

 ありがとう。

 

 次回は、耕司のお話です。