おやじの楽工(がっこう)

早期退職おやじの「楽」しい再生「工」場

朝の挨拶 (まめペン

 今朝も5時に起き、弁当の準備。のための助走に入ります。

 

1、目覚まし時計を止め、ベットの上に座り睡魔と戦う真似をしてみます。

 

2、(そんなことをしていては、また寝てしまうことに気付き)

  台所に向かい、椅子に座り、あと5分後から弁当作りを開始しようと思います。 

 

3、(あっという間に5分以上が過ぎていることに気付き)

  弁当完成予定時刻から逆算して後3分くらいはダラダラできるだろうと思います。

 

4、やべっ、時間がないから始めよう。

                    ( 2,3はリピート機能付です。 )

 

 

 ふう、今日も何とか弁当が作れましたよ。子どもが目をこすりながら部屋から出てきました。顔を見、

 「おはよう。」と朝の挨拶。

 あれ、今日の「おはよう」は、何かいい「おはよう」だな。

 

 調子が悪く一日中体を横たえていた数年の「おはよう」は、(自画自賛になりますが)挨拶的には満点に近い「おはよう」だったと思います。なぜなら、少しでも家族に心配をかけまいと、どんな体勢からでも、どんなにしんどくても、声を張り、可能な限り明るい感じで、精一杯、声を絞り出していました。「いってらっしゃい」「おかえり」も同じです。

 聞いていた母からは、「そんな元気そうな声を出していたら、子どもに、元気があるのにダラダラしてるみたいに勘違いされるよ。」とたしなめられたりもしたものです。

 

 最近は、ただただ、朝が来たから「おはよう」と形式的に言ってしまっていたような気がします。「朝早くから弁当作ってやってんだぞ!」みたいな、ちょっと偉そうな気持ちもどこかに芽生え、つい言い方も荒くなっていたかもしれません。そんなあいさつは、声も雰囲気も重く暗くなりがちですよね。

 

 今朝の「おはよう」は、とても自然でいて、心にゆとりもあり、まだ眠い子どもに「まだ眠いのかい?しっかり目を覚まし、今日も元気に過ごそうな!」という気持ちのこもった明るい「おはよう」になったのだと思います。

 

 明日もいい「おはよう」が言えますように。